『綿屋』ならではのこだわり、それは料理と寄り添い、さらに仲睦まじくお互いを引き立てる『食仲酒』を造ること。
そのために私たちは、土をつくることから始まり、米をはじめとして、水、麹、酵母など、酒にかかわるすべての要素に日々情熱を注いでいます。
こだわり抜かれた原料という強固な土台の上に、綿屋は成り立っているのです。
ほかでもない、
『綿屋』のための米を求めて
理想の酒質を追究してゆくうえで、まず初めに向き合ったのは「米」でした。
「本気で純米酒に取り組みたい、純米、すなわち米だ。米に向きあわなければ」
米をもっと知りたいという想いから、納得のいく米を求めて奔走した結果、我々は徳島県産の『阿波山田錦』という酒米に出会いました。
宮城から徳島へ、片道10時間。通い詰める日々が続き、米について、稲作についての納得がいかない部分があれば、実際に田植えをし、草刈りをし、刈り入れを手伝います。
己のカラダをもちいて学ぶことで、高の酒米、山田錦についての理解を深めてきたのです。
文字通り、体当たりで学んだ「阿波山田錦」は、今でもずっと契約栽培をしていただいており、『綿屋』の米の標準として、変わらぬ大きな柱となっています。
この一連の試みは、金の井酒造に深く根付いており、阿波山田錦以外のお米についても、「黒澤米」や「漢方米」など、こだわりを共有してくださる農家さんと共に、二人三脚で契約栽培をおこなっています。
米作りに妥協せず、情熱を持った多くの農家の方々ともに酒造りを行うため、仕込む酒は毎年30種類前後にもおよび、蔵の規模と比較するとやや多めの品数となります。こだわり抜いたそれぞれのお米を『綿屋』の技術で全身全霊をかけて磨き、多彩な日本酒に結晶させる喜びは、一言では表しきれません。
尽きない銘水を得て『綿屋』は磨かれる
酒造りにとって、水は命のようなもの。名水が湧く地には、おのずと酒造りが根付きます。
社名である「金の井酒造」は、創業当時の地名が「金田村」であったこと、そして金田村の水が素晴らしかったことから名付けられました。
ところが1998年、『綿屋』の命ともいえるその水脈が、下水整備の影響で途絶えてしまいます。蔵としての存続がかかった、とても大きな事件でした。水脈の枯渇の影響を受けたのは、金の井酒造だけではなく、集落全体の水道水にも影響を与えていました。そこで、この一大事を解決するために導き出されたのが、新たに『小僧山水』を集落の水道水として供給するという案でした。
『小僧山水』は蔵からほど近い深山から昏々と湧き出ている銘水であり、酒の仕込みが本格化する極寒の頃には、みそぎの神事が行われる霊験あらたかな水脈であります。
金の井酒造は、当初から『小僧山水』に着目し、汲み取り、仕込みの要所で活用してきました。それが、この機会を境に、洗米の段階はもちろん、すべての工程において、『小僧山水』をふんだんに使えるようになり、新たな『綿屋』の命となったのです。
洗米の段階から銘水といわれる水をふんだんに使える蔵は、日本中を見渡してもそう多くはありません。また、水質に関しても、稀有な特徴を『小僧山水』は持っています。
日本の水は多くが軟水であり、ミネラルの含有量はあまり多くありません。そのため軟水を用いた酒造りにおいては、ゆっくりと発酵が進んでいくという特徴があります。一方、『小僧山水』は中軟水であり、軟水と比べると水に含まれるミネラルの量が多く、比較的旺盛に発酵を進めることができます。通常であれば、ミネラルが豊富な水を仕込みに利用すれば、出来上がる酒は濃潤な味になり、ともすれば重くなっていきます。
しかし我々の蔵は宮城の北西、奥羽山脈の麓に位置しているため、冬場の冷え込みは激しく、通常であれば発酵が止まってもおかしくない気温まで冷え込みます。そこで、『小僧山水』を用いて仕込みを行うことで、発酵がスムーズに進み。『綿屋』ならではの酒質に結びつくのです。
酒質を求めるために、
難しい菌、厳しい道程を選ぶ
酒づくりは「一麹・二酛・三造り」と言われています。この言によれば、酒の質に一番重要とされる工程が麹づくりです。蒸米に麹菌を繁殖させるこの工程の目的は、麹菌の持つ酵素の働きにより米を糖化することで、酵母のエネルギー源となるグルコースをつくりだすこと。
薬剤師という異色の経歴を持つ四代目、三浦幹典の指揮のもと、食仲酒として『綿屋』の酒質にベストであると判断した麹を、さらに通常よりも温度を高く上げて培養するという特徴的な製麹法に辿り着きました。
早めに麹の培養温度を最高温度まで上げ、以降その温度を保ち続けることで、タンパク質を分解し、アミノ酸を作り出す酵素の分泌を抑えることができます。
そうすることで、より澄み渡った、雑味の少ない酒を造りだすことにつながるのです。
麹菌は夜中に最高の温度帯を迎えます。温度を管理するための設備もありますが、そこは生き物相手。繊細だからこそ、万全の管理が必要であるため、蔵に泊まり込み昔ながらの変わらぬ重労働をおこないます。
ここで手をかけずにそこで醸ってしまっては『綿屋』のキレイな酸が出てこないのです。
納得のゆく酒を造るためには手を抜くことは許されない、重要で難しい工程です。